2006年12月06日
*移動蚤の市④「中崎町」
*ついに約束は、あと1件。ベーグルシンポジウムに来てくださった、まひゃさん。
6時半前に、コンフィデンスカフェにて、
フレーヴァーティーを飲みながら、一服。
ちょうど、まひゃさんから連絡が。ここで待ち合わせ。
次回のベーグル新シリーズの構想なんかを、練りながら待ってると、
まひゃさん到着。30分ほど、お話ししてから、
「いえみせkocoro」さんへ。
まひゃさんは、このところ、蚤の市のしめは、このお店だそうで、
この日も、蚤の市のイベントとして、
ジンジャークッキーと杏仁豆腐の販売をされていて、
それ目当てで、今日うかがいますから!と約束までされてたそう。
それらも気になるし、オレ的には今まで一度だけ、
ちらっと伺ったことしかなかったので、
これはいい機会かな、とばかりに、ついて行ったわけです。
すると、kocoroのオーナーさんも、スィーツを作ってはった方も、
オレベィゴォを食べたことがあったそうで
実は残り物が・・・なんて切り出すと、喜んで買うてくれはりました。
正確には、自分用にカレーパンが1個残してたんですが、
とりあえずは、完売!ということで。
すると、お二方とも拍手までして、完売おめでとう!
なんて、言うてくださった。本当にありがたいことです
まひゃさんについて来たようなもんなのに、
けっこう、喋ってしまいました。ごめんね。
kocoroさんでは、蚤の市では、こういうスィーツ販売をしたり、
お茶会やアコ-スティック・ライヴも開催したことがあるそうです。
*中崎町蚤の市は、それぞれのお店さん方が、工夫を凝らした
イベント、お菓子や雑貨販売、などなどを企画しておられて、
イロイロと見ごたえがあるようです。
2,4,5,6,8,10月と参加してきて、
なかなか、他のお店さん方が、どういったことをされてるのか、
mixiなんかで、知ってはいても、実際にどんなカンジかまでは
わかっていませんでしたが、
それぞれ、創意工夫に富んでいて、興味深いですよー。
なんだか、いつもの蚤の市と比べて、人通りも多いような気がしました。
浸透しきたんでしょうかねぇ?蚤の市。
「kansai Walker」「関西一週間」タイプでもなく、
「Hanako」「SAVVY」「ShuShu」タイプでもなく、
「LMAGAZINE」タイプのお客さんが多かったような気がしたのは
オレだけでしょうか・・・?さて。
*中崎町という町は、やはり、大阪でも特殊なようで、
それぞれのカフェ・喫茶店や、雑貨屋さん、ギャラリーなどが
いいカンジでつながっていて、助け合い、
協力しあっているような印象を受けます。
町としては、子供人口が減り、昔から住んではる住人にとっては
若い人は来てほしいが、夜遅くまでうるさくされてたり、
いいカンジの町並みが残ってるからといって、
勝手に写真を撮っていく人が多いのは、困ったもんだ、といった
問題がないわけではなりません。
それにしても、中崎町という町に集いし人々は、
本当に、キャラクターの濃い人ばかりだ。
オマエが言うな、という声も聞こえてきそうですが、
オレなんて、薄い薄い。
色んな多種多彩な方々とお会いしていると、
様々なことを考えてしまいます。
以前、mixiの方で、「太陽の塔と太陽ノ塔」と題した文の中で、
もうこの数年で、「科学技術の進歩が人間を幸福にする」
というデッドラインを超えたではないかな、としました。
利便性が、必ずしも、われわれの生活を豊かにするとは限らないのでは?と。
戦後60年が過ぎ、どうして、日本が安寧を保たれてきたのか、
ということを鑑みるにつけて、憲法9条のおかげ、だなんて、
御伽噺を信じている、ナイーヴで、思考停止な人々も多いですが、
どうして、こんな極東の小さな島国が、世界に名だたる国家として、
今現在、あり続けることができるのか、
ということに思いを馳せるとき、
この国の来歴を、伝統、といったものを省みずに、
ひたすら、個人の生命、財産が大事だと、
守るべきは国家、というと御幣がありましょうか、
国柄、地域共同体でもいいですが、
そういった、日本という国が、この東洋と西洋の文化が交じり合った
多神教の、誇るべき「神の国」である、ということについては
ひたすら否定し、個人こそが大事なんだ、と、
マスゴミも教師も思想家たちも、のたまわってきた結果、
人権、人権と、己の欲望、エゴむき出しの個人主義の時代になり、
モラルは崩れ去り、アメリカのいいなりになって、
日本の国体を崩すことに奔走する、でたらめな首相が礼賛され、
堀江や村上のような、品性下劣な人間が、
時代の旗手としてもてはやされる。
*頭おかしくなったと思ってるでしょー!
そこのアナタ。
いやね。ほんと、思うのですよ。
昭和の町並みの残った中崎町をぶらつき、
そうしたことを、今流行りの「mixi」や「ブログ」といったツールを使って、
オレのことなぞ、全く知らない人にまで、
自分の意見を発信することができる。
そのギャップ。最先端と郷愁。アナログとデジタル。
こないだ、『大阪人』という雑誌で、中崎町特集がなされていましたが、
大阪という都市ももちろん、これから、どう変わっていくのか。
そして、中崎町はいつまで、中崎町として、存在していけるのか。
ここ数年、昭和の町並みを再現した、といったカンジの
テーマパークのようなものが流行ってるようですが、
時代から必要ないとされて、廃れていったものを、
嗚呼、懐かし哉とか、逆に新鮮じゃない!とかなんとか言ってもてはやす。
もう少し、今の時代にとって何が本当に必要か、
これからの時代に向かって、何をしていけばよいのか、
そういったことを、振り返って、立ち止まって、
考えてみるべきではないでしょうか。
そんな場所であったらいいですね。
*急に締めた感がありますかなぁ。。。?
自分の中では、それなりに筋だった話のつもりでしたが、
うまいことまとまらんかった。
っていうか、支離滅裂?
もう、推敲するエネルギーはないので、このへんで。
6時半前に、コンフィデンスカフェにて、
フレーヴァーティーを飲みながら、一服。
ちょうど、まひゃさんから連絡が。ここで待ち合わせ。
次回のベーグル新シリーズの構想なんかを、練りながら待ってると、
まひゃさん到着。30分ほど、お話ししてから、
「いえみせkocoro」さんへ。
まひゃさんは、このところ、蚤の市のしめは、このお店だそうで、
この日も、蚤の市のイベントとして、
ジンジャークッキーと杏仁豆腐の販売をされていて、
それ目当てで、今日うかがいますから!と約束までされてたそう。
それらも気になるし、オレ的には今まで一度だけ、
ちらっと伺ったことしかなかったので、
これはいい機会かな、とばかりに、ついて行ったわけです。
すると、kocoroのオーナーさんも、スィーツを作ってはった方も、
オレベィゴォを食べたことがあったそうで

実は残り物が・・・なんて切り出すと、喜んで買うてくれはりました。
正確には、自分用にカレーパンが1個残してたんですが、
とりあえずは、完売!ということで。
すると、お二方とも拍手までして、完売おめでとう!
なんて、言うてくださった。本当にありがたいことです

まひゃさんについて来たようなもんなのに、
けっこう、喋ってしまいました。ごめんね。
kocoroさんでは、蚤の市では、こういうスィーツ販売をしたり、
お茶会やアコ-スティック・ライヴも開催したことがあるそうです。
*中崎町蚤の市は、それぞれのお店さん方が、工夫を凝らした
イベント、お菓子や雑貨販売、などなどを企画しておられて、
イロイロと見ごたえがあるようです。
2,4,5,6,8,10月と参加してきて、
なかなか、他のお店さん方が、どういったことをされてるのか、
mixiなんかで、知ってはいても、実際にどんなカンジかまでは
わかっていませんでしたが、
それぞれ、創意工夫に富んでいて、興味深いですよー。
なんだか、いつもの蚤の市と比べて、人通りも多いような気がしました。
浸透しきたんでしょうかねぇ?蚤の市。
「kansai Walker」「関西一週間」タイプでもなく、
「Hanako」「SAVVY」「ShuShu」タイプでもなく、
「LMAGAZINE」タイプのお客さんが多かったような気がしたのは
オレだけでしょうか・・・?さて。
*中崎町という町は、やはり、大阪でも特殊なようで、
それぞれのカフェ・喫茶店や、雑貨屋さん、ギャラリーなどが
いいカンジでつながっていて、助け合い、
協力しあっているような印象を受けます。
町としては、子供人口が減り、昔から住んではる住人にとっては
若い人は来てほしいが、夜遅くまでうるさくされてたり、
いいカンジの町並みが残ってるからといって、
勝手に写真を撮っていく人が多いのは、困ったもんだ、といった
問題がないわけではなりません。
それにしても、中崎町という町に集いし人々は、
本当に、キャラクターの濃い人ばかりだ。
オマエが言うな、という声も聞こえてきそうですが、
オレなんて、薄い薄い。
色んな多種多彩な方々とお会いしていると、
様々なことを考えてしまいます。
以前、mixiの方で、「太陽の塔と太陽ノ塔」と題した文の中で、
もうこの数年で、「科学技術の進歩が人間を幸福にする」
というデッドラインを超えたではないかな、としました。
利便性が、必ずしも、われわれの生活を豊かにするとは限らないのでは?と。
戦後60年が過ぎ、どうして、日本が安寧を保たれてきたのか、
ということを鑑みるにつけて、憲法9条のおかげ、だなんて、
御伽噺を信じている、ナイーヴで、思考停止な人々も多いですが、
どうして、こんな極東の小さな島国が、世界に名だたる国家として、
今現在、あり続けることができるのか、
ということに思いを馳せるとき、
この国の来歴を、伝統、といったものを省みずに、
ひたすら、個人の生命、財産が大事だと、
守るべきは国家、というと御幣がありましょうか、
国柄、地域共同体でもいいですが、
そういった、日本という国が、この東洋と西洋の文化が交じり合った
多神教の、誇るべき「神の国」である、ということについては
ひたすら否定し、個人こそが大事なんだ、と、
マスゴミも教師も思想家たちも、のたまわってきた結果、
人権、人権と、己の欲望、エゴむき出しの個人主義の時代になり、
モラルは崩れ去り、アメリカのいいなりになって、
日本の国体を崩すことに奔走する、でたらめな首相が礼賛され、
堀江や村上のような、品性下劣な人間が、
時代の旗手としてもてはやされる。
*頭おかしくなったと思ってるでしょー!
そこのアナタ。
いやね。ほんと、思うのですよ。
昭和の町並みの残った中崎町をぶらつき、
そうしたことを、今流行りの「mixi」や「ブログ」といったツールを使って、
オレのことなぞ、全く知らない人にまで、
自分の意見を発信することができる。
そのギャップ。最先端と郷愁。アナログとデジタル。
こないだ、『大阪人』という雑誌で、中崎町特集がなされていましたが、
大阪という都市ももちろん、これから、どう変わっていくのか。
そして、中崎町はいつまで、中崎町として、存在していけるのか。
ここ数年、昭和の町並みを再現した、といったカンジの
テーマパークのようなものが流行ってるようですが、
時代から必要ないとされて、廃れていったものを、
嗚呼、懐かし哉とか、逆に新鮮じゃない!とかなんとか言ってもてはやす。
もう少し、今の時代にとって何が本当に必要か、
これからの時代に向かって、何をしていけばよいのか、
そういったことを、振り返って、立ち止まって、
考えてみるべきではないでしょうか。
そんな場所であったらいいですね。
*急に締めた感がありますかなぁ。。。?
自分の中では、それなりに筋だった話のつもりでしたが、
うまいことまとまらんかった。
っていうか、支離滅裂?
もう、推敲するエネルギーはないので、このへんで。
Posted by ノブヒロック。 at 09:31│Comments(0)
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